
なんとなくカラーが描きたくなったので、
瑛子さんと瑞保さん(←お姉さま)を描きました。
オリキャラをこういう風に愛でるって恥ずかしいな…。
顔はアナログで背景はデジタルです。
話は変わりますが…なぜ人は歳を重ねると
純粋さと魂のみずみずしさをを失ってしまうのでしょうか。
たとえば…『君の名は』という映画がヒットしたようですが…
なんというか、まぁ、観てないんですけどあらすじは知っています。
ああいったキランキランした鮮やかな美しすぎる作品は…もう…
物理的にも精神的にも眩しすぎて直視できません…。目が破裂しちゃうわ。
入れ替わりの物語で少女と少年の美しいやり取りのある物語のようですが、
「若い男女が入れ替わりね〜ふ〜ん…入れ替わった女の子が生理だったらどうするんだろ」
「最後に大人になって出会うらしいけどその後どーすんの付き合うの?結婚?」
「ドラマチックなことがあって一時的に盛り上がって付き合う人ってわりとすぐ別れるよね〜」
…など、いらんことを考えてしまうくらい
私は陰険で純粋さの欠片もない超ひねくれた大人になってしまいました。
(たぶん、観たら観たで感動して泣いちゃうと思うけど。笑)
ファンタジーなんだから、フィクションなんだから、
細かいことを考えてはいけない…とわかっているはずなのに考えてしまう…。
元々子供のころからどっか冷めた人間でしたが、歳を重ねるごとにひどくなっていってます。
私ほどひどくなくても、人ってのはそういうもんですよね。
「10代の頃はあんなに夢中になったのに…今はそんな情熱ないなぁ」ってのは
誰でも思い当たるフシがあると思います。
例えば『ワンピース』とかも、10代の頃は純粋に楽しんで読んでいたけど、
惰性で20代30代になっても買って読んではいるものの、
「こんなにうまくいくわけねーよな〜」とか
「狭い船の中でこんな個性的な人間がたくさん集まるなんて人間関係めんどくさそうだな〜」とか
「てか作者は何百億何千億と稼いでるんだろうな〜俺はブラック企業で働く安月給なのに…」とか
無意識的にあれやこれやといらんことを考えてしまい、
10代のころほど純粋に読めなくなっている人は居るのではないでしょうか。
もしくは「べつにいらんことを考えて冷めたわけじゃないけど、
なんとなく以前のような好奇心や興奮は失った」という人も多いでしょうね。
自分の両親や祖父母を見ていても、情熱をもってなにかに没頭している様子なんて
いまだかつて見たことがありません。
書道とか読書とか、そういった落ち着いた趣味を落ち着いてやっている姿は見ますけどね…。
さらに、「あらゆることに冷める」「鮮明さ・鮮やかな好奇心を失う」ってのはですね、
これは「受け手側」だけではなく、「発信する側」も同じなわけです。
とくにクリエイティブな世界ってのは若さが命で、
若いうちは技術はないんだけど、生み出すものの鮮やかさがすごいんですよ。
年季の入った桑田佳祐ファンである私のいとこから聞いた話なんですけど、
桑田氏はある日ラジオで「どんなに頑張っても若いときにつくった曲以上のものはもう作れない」
というようなことを言っていたそうです。また、「昔はギターを弾きながら作曲したけど
最近の人はコンピュータで色々やりながらつくるからもうついていけない(笑)」
みたいなことも言っていたようです。
また、御年103歳の女性の美術家である篠田桃紅大先生が以前テレビで
「歳をとるっていうことは色々なものを失うことだけど、
それでも年をとることで何か得られるものがあるのではないか…と思って活動している」
みたいなことを仰っていました。
そういやマツコ・デラックスが以前テレビで
「この歳になると美味しいものを食べることくらいしか楽しみがないわよ」
と言っていたことも、結局は「そのくらい色々なことが純粋に楽しめなくなっている」
ということの表れなのではないでしょうかね。
とくに、マツコのような皮肉屋さんってのは冷めてますよね。
私も皮肉屋で批判屋だからわかるのですが、物事を客観的に見ちゃう癖がある人ほど
そういった境地に達するのが早いような気がします。
ときめきも、鮮やかさも、魂の純粋さも、全部すり減っていくよ。。
なんだかね。
哀しいね。
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