2016年08月19日

1930年代の日本の動画

最近描いているヘンテコ漫画の時代設定は1932年の昭和7年です。

で、1930年代ってどんな感じなんだろう…と
youtubeで探してみたところ…なかなか良い動画がありました。





私が特に萌えたのは、やはり女性が紹介されているシーンですね。
キャプチャしてみました。
Japanofthe1930's_1color-髪結い1.jpg

Japanofthe1930's_1color-髪結い2.jpg

↑日本髪を結うシーンですウフフ。髪フェチにはたまらないシーンです。
日本髪は本当に面白い文化ですよね。大変そうだから普段の生活には向かないけど…。
ちなみに…現代人のほとんどが知らないと思いますが、明治5年(1872年)に、
「女子断髪禁止令」なるものが発令されていたんですよ。

明治4年8月9日に「脱刀の許可」と共に「散髪の許可」がいっしょに出されましたが、
長年親しんできたチョンマゲをあっさりと簡単に切ることは出来なかったようで、
ある県ではチョンマゲのままの人に税を課せるなどして、散髪を励行したそうです。
そしておもしろいのは当初は男性よりも女性のほうが好んで散髪しました。
当時の新聞には「女子の断髪は見るに忍びず」(明治5年3月新聞雑誌)
「婦女子の髪は従来通り」(明治5年4月新聞雑誌)などの記事があり、
近来婦女子がザンギリ頭になるのは趣意を取り違えていると批判しています。
そしてあげくの果てには政府から5年の4月「女子断髪禁止令」が出るほどでした。
現代なら男女不平等・男女差別で訴えかねないところです。
明治神宮Q&Aより引用)

つまり日本女性の長い黒髪はそのまま残すべき文化であり、
女が髪を短くするなんてとんでもない!!ということだったようです。
しかしその後、第一次世界大戦などがあり、西洋で断髪(おかっぱみたいな髪型)に
する女性が増え、日本でも断髪を決行する「モダンガール」いわゆる「モガ」が出現します。
あまり世間一般には受け入れられなかったようですが、幼女~10代前半くらいの少女が
おかっぱでさっそうと歩く姿はなかなか爽やかで可愛らしかったようで、
だんだんと世間でも受け入れられ、広がっていきます。
しかしやはり、10代後半くらいになると嫁入りを意識して
伸ばしはじめ、最終的にロングヘアにして過ごす人が多かったようです。

Japanofthe1930's_1color-着付け1.jpg

Japanofthe1930's_1color-着付け2.jpg


こちらは着物の着付け♪
着物ってほんと、組み合わせが難しいし着るのも大変だし…。
日本髪同様、とても優美で美しいんですけど、普段使いするには不便ですね。

Japanofthe1930's_1color-ひな祭り2.jpg

Japanofthe1930's_1color-ひな祭り1.jpg

↑かわいい女の子達♪ひな祭りの様子です。
キュートですね(*´ω`*)赤い着物がとても華やかで鮮やかです。
黒髪パッツンのおかっぱ頭との相性も抜群!!

昔の日本に戻りたいとは思いませんが、
和風とか日本独自の美みたいなものは残していきたいですね。
ここで大切なのは、上級国民様が小難しく講釈たれるような「伝統と格式の美」ではなく、
下流~中流くらいの庶民レベルでの日本文化を大切にすることが重要だと思いますね。
江戸の庶民文化みたいな感覚が好きです。うまく言えないけど…。

それにしてもyoutubeってホント色々な動画がありますね。
昭和日本を映したフィルムとかもたくさんあるので、
ご興味のある方は色々と検索してみると良いと思いますよ。

2016年08月16日

昭和初期の女学生をモチーフにした妙な漫画<4>

昭和初期女学生まんがpage4.jpg

昭和初期女学生漫画…4ページ目です。前回は⇒こちら

この神父さまは…白人男性と言う設定です…。
大正~昭和初期でも、白人の知識人やキリスト教関係者や教師が、
日本の高等教育機関に赴任してくることはあったようですが、
女学校に若い男性が勤務することはまずなかったでしょうね。
女学校には女性教師やシスターが勤務していたと思います。
「花子とアン」というNHKの朝ドラがありましたけど、教師陣は皆女性でしたね。

なのでちょっとあり得ないことではあるのですが、
なんというか…なんやかんや考えた末、男性にしました。

ちなみに、「神父」と「牧師」の違い分りますか?

・牧師とはプロテスタントにおける聖職者
・神父とはカトリックと東方正教会における聖職者
(参考:キリスト教文化入門 牧師と神父の違い

…だそうです。さらに、「シスター(修道女)」と言う存在は、
カトリックにしか設けられていない役職(?)だそうです。

なので、この漫画の舞台になっている女学校はカトリック系ってことになります。
基本的に私は一神教の父権的な宗教の考えは好きではないのですが、
あの独特な「何とも言えない厳かなでストイックな雰囲気」とか、
日本の文化と妙に結合した「和洋折衷」な感覚は好きです。

以前『マリア様がみてる』に死ぬほどハマったのも、
<古臭い女学校+女子同士の友情以上恋人未満な雰囲気+キリスト教カトリックの厳かさ>
ってのが個人的にこの上ないくらいドツボだったからかもしれません。

ストイックな雰囲気がたまらない。

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2016年08月13日

現代人が『モモ』から学ぶことは多い

こんな時代だからこそいま改めて『モモ』を読んでみました。

というか、ミヒャエル・エンデ大好きなのに、
ちゃんと『モモ』を読んだことなかったんですよね…。
中学生の時に買ってもらって、それからずっと本棚にあったのに…。
中学生が読むにはちょっと子供っぽい印象があったから、
なかなか読む気にならなかったんですよね。

まぁ、ようやく読む気になったので、そんなこんなで一気に読みました。
そしてとても感銘を受けました。以下、勝手なあらすじ(ネタバレあり)と感想です。

※画像がないと寂しいので、1986年に映画化されたものをキャプチャしました。
この映画は…「少ない予算で頑張ってなるべく原作に忠実に作ったよ」感は伝わってきますが、
綺麗なCG慣れした現代人の目から見ると、ちゃっちく見えてしまいます。
でもモモ役の女の子がとてもカワイイです。でもやっぱり映画としてはイマイチかな。

◆あらすじ◆

モモ-1.jpg
浮浪児のモモ(不思議な女の子)が、とある街にある遺跡に住み着く。
街の人々がなんやかんや世話を焼き、貧乏ながらも楽しく暮らす。
モモは人をハッピーにさせる不思議な力(=素晴らしい聞き上手)を持っている。
街の人たちは、お互いを思いやりながら、ゆったりと流れる時間の中で、
それぞれの慎ましやかな生活を大切に営んでいた。
そんな感じで、皆ゆるゆるながらも幸せな日々を送っていた。

モモ-2.jpg
ある日、灰色の男たちが街にやってくる。
灰色の男たちは街の人々に時間を節約するように促す。
「時は金なり」「時間を無駄にするのは愚行だ!」と吹き込んで回り、
節約した時間を「時間銀行」にあずけて、
自分の時間を貯蓄し、将来に備えるように(?)するように洗脳する。
人々は洗脳され、皆せかせか働くようになり、
職人は仕事に対する愛情を失い、スピード重視の雑な仕事をするようになり、
食堂はファーストフード的なお店に変わり…。
親が忙しくなったため、子供たちの面倒を見てくれる大人が居なくなり、
子供たちは皆施設に入れられて、そこで淡々とした日常を送ることになる。
モモの友達も皆洗脳され、モモから離れていってしまう。

モモ-3.jpg
灰色の男たちは、全く洗脳されないモモを脅威とみなし、捕らえようとするが、
モモは時間をつかさどる師匠(時間の神様的な人)に助けられる。
なんやかんやでモモはその師匠の力を借り、灰色の男たちを退治する。

モモ-5.jpg
街には人々から奪われた時間が花びらと共に舞い戻り、
街は以前のような愛情あふれるゆるゆるライフを取り戻す。

モモ-4.jpg
めでたしめでたし。


…すごく雑ですが、こんな感じのお話です。
全体的にファンタジーとシュールレアリズムと現代社会への風刺が混ざり合って、
とても美しく、かつわかりやすいお話になっています。

この本が発行されたのは1973年です。
Wikipediaによると、各国で翻訳されているが、特に日本では根強い人気があり、
日本での発行部数は本国ドイツに次ぐそうです。

これだけの反響を呼び、数十年にわたって愛されている本なのに、
世の中の流れはこの本が批判した「灰色の男たち」の世界そのものになってしまいました。
特に日本なんて絶望的なまでに灰色の国になっているではありませんか。
「灰色の男たち」ってのは…いったい何の象徴でしょうか?
行き過ぎた資本主義の権化?
ロスチャイルド家・ロックフェラー家・モルガン家の精霊?
米国式超拝金主義の金融システムの営業マン?

作中でミヒャエル・エンデは、
「子供たちには高性能なおもちゃもラジオもいらない。
木の棒か何かと仲間がいれば、自分たちで遊びを作り出して空想を膨らませて、
一日中楽しく遊ぶことができる」…というようなことを書いています。
もしエンデが生きていて、幼いころからスマホをいじるような現代社会を見たら
一体何と言うでしょうか…。驚きと憤怒で卒倒してしまうのではないでしょうか。

別に「スマホをはじめとするテクノロジー=悪」というわけではありませんけども、
私は…最近気づいてしまったことがあるんです。

テレビとスマホとネットを消すと、
「創造」が始まるということに気づいたんです。

テレビを消す

スマホやパソコンをいじるが、それも飽きる

暇になる

色々なことをボーッと考える

ずっとやろうと思っていたけどついつい後回しにしていた
部屋の細かい掃除や整理整頓をするようになる。
読もうと思って買ったけど、なかなか読む気にならなかった本を読む気になる。
ボーっと空想したり絵を描いたりする時間が増える。
裁縫や料理に時間をかけるようになる。
世界情勢や世の中の思想などについて興味を持つようになる。

これはマジです。「哲学や芸術は余暇から始まる」と言うけれど、
本当にその通りだなぁとしみじみ感じます。
私はインドアだから上記のような結果になりましたが、
アウトドア派の人ならば、もっと外へ出てスポーツするとか、
サイクリングするとか、ジムに通うとか…食べ歩き飲み歩きするとか…
虫や草木の観察をするとか…そういった方向に向かうと思います。

何でもかんでも効率化を図り、スピード重視にし、
時間短縮するために便利なものを作ればいいってもんじゃない。

現代人が『モモ』から学ぶことは多いと思います。
なんというか…実に簡単かつ単純明快なことなんですよ。
答えは皆わかっているはずなんですが、
もう後戻りが出来なくなってしまっているんですよね。
資本主義もすっかり行き詰まりですし、格差は開くいっぽう。
全世界的に宗教対立やらナショナリズムやら…キナ臭くなっていますし、
このままいけば戦争でしょうね。いや、もう第三次世界大戦は始まってるのかもしれない。
現代は世界大恐慌が起きた1929年頃の雰囲気に似ているといわれています。

資本主義が限界に達する→世界恐慌が起こる→民衆の怒りが溜まる→
→排他主義・国粋主義が蔓延→民衆をうまく扇動する独裁者誕生→戦争になる→
→荒廃した都市の復興→資本主義再び→→→……以下ループ…。

まさに「歴史繰り返す」…というか「繰り返させられている」って感じでしょうか…。
どうしたらいいんでしょうかね。

まったく。

エンデが生きていたら何と言うでしょうか。