2016年09月30日

昭和初期の女学生をモチーフにした妙な漫画<13>

昭和初期女学生まんがpage13.jpg
昭和初期女学生漫画13ページ目です。前回は⇒こちら
1段目ですが…色々と描きこんでいるうちに後戻りが出来なくなって、
ガチャガチャ描きまくったら妙に禍々しいコマになってしまいました。

当時はまだ映画のことを「活動写真」と言っていたようです。
そして、西洋の活動写真に熱をあげるような少女は
先生の目から見ると不良少女だったようです(笑)
『女學生手帖』には当時の雑誌で行っていた「身の上相談」が紹介されているのですが、
その相談者(女学生)と回答者(先生)とのやり取りの中からもその様子が伺えます。
先生の回答のなかに“活動写真”というフレーズが出てくる箇所を書きだしてみました。

(キスについての相談で…)
キッスなんかということは第一衛生的に良くありません、
そのために結核が感染したりその他の病気がうつったりすることは随分多いことです。
たとえ婚約者の間でもあんな非衛生的なことはやってはならないと思います。
活動写真やその他に影響された外国人の悪習などまねるのは
猿真似にも等しい愚かなことです。断然おやめになることをおすすめします。
<p97より抜粋>

(脅迫の手紙についての相談で…)
活動写真にかぶれている不良の間には常識で判断できないようなことを
平気でやってのけるものもありますから充分に気を付けてください。
<p100より抜粋>


それにしても、当時は若い女性(特に女学生)の単独行動って
どの程度のもんだったのでしょうかね…?

NHKの朝ドラで『おひさま』ってのがありました。
観てないので詳しくは知らないのですが、戦前の女学生の描写も出てきたようです。
その中で…Wikipediaによると

女学校へ進学した陽子は、やがて生涯の友となる2人の級友と出会う。
校則で禁じられている飴屋への寄り道をして語らい合ったり、
家族に内緒で隣町へ映画を観に行ったり、兄の親友に恋をしたりなど、
彼女たちと青春を謳歌する………

…と書かれています。ということは、意外と女学生であっても
あちこち動き回って大丈夫だったのかなぁ…と解釈しました。
まぁこの朝ドラはフィクションですけど…天下のNHKが時代考証を
ないがしろにするはずはない…と思うので参考にしました。

当時の吉屋信子先生の小説にも、
女学生が休日に一人で百貨店に買い物に行く描写がありますし。
なので、夜遅くでなければ、けっこう出歩くことはあったんでしょうね。

主要な移動手段は…なんだったんでしょうかね。
小説では電車(路面電車?)の描写が多いです。長距離の場合は汽車ですね。
バスに乗って移動した描写もたまにあります。

ちなみに、ベラ・ルゴシ主演の映画『魔人ドラキュラ』についての詳細は
こちらのWikipediaをドウゾ。
日本でも公開されていたようですが、実際どんな感じで、
どの程度の映画館で公開されていたのかはよくわかりません。。。

ベラ・ルゴシはドラキュラ役で有名になりましたがその後は落ちぶれてしまい、
晩年は史上最低の映画監督と言われるエド・ウッド監督の作品に登場しています。

エド・ウッド監督は…最近はネットで「Z級映画の監督」として有名?になってますね。
独特な…色々な意味で凄いセンスの持ち主で…なんかとにかくすごい人です。
ティム・バートン監督はこのエド・ウッド氏を題材にした映画を製作しています。
その作品名はずばり『エド・ウッド』です。
私はこの作品が大好きです。色んな意味でクオリティーの高い作品だと思います。
涙あり笑いあり…じんわりとした感動?に浸れる映画だと思います。
興行収入はあまり良くなかったようですが…。

ちなみに、この作品では
若き日のジョニー・デップとサラ・ジェシカ・パーカーが共演しています。
ベラ・ルゴシ役の俳優もとても素晴らしいですよ。
ただ、この『エド・ウッド』を本気で楽しむためには、
プラン9・フロム・アウタースペース』という凄まじい映画を観ないといけません(笑)

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2016年09月27日

昭和初期の女学生をモチーフにした妙な漫画<12>

昭和初期女学生まんがpage12.jpg
昭和初期女学生漫画12ページ目です。前回は⇒こちら

当時のハイソなお茶菓子って何だったんでしょうね。
少女の友などには森永チョコレートの広告が載っていたりしていたようですし…
戦前の主婦雑誌などには、洋菓子のレシピなどがけっこう載っていたみたいです。
なんやかんやで戦争が始まるまでは、意外と色々なものが手に入る
豊かな生活が送れていたと考えて良いみたいです。(もちろん貧乏人も多かっただろうけど)

今回描いたのは、ようかんとマリービスケットです。
ようかんはもちろんのこと、マリービスケットも歴史が長いですからね。

1923年(大正12)。森永が国内向けとして、初めて発売したビスケット。
それは、16種類のビスケットが美しい印刷化粧缶に入った贈答用の詰め合わせでした。
その中の一つとして、マリーは誕生しました。しかし、まだまだ高級品だったビスケットは
一般の人が簡単に手に入れられるものではありませんでした。
そこで、3年後の1926年(大正15)。より多くの人にビスケットを食べてもらえるようにと、
ボール紙にワックスを塗ったパッケージが考案され、その第一号としてマリーが選ばれたのです。
【森永_ビスケット誕生秘話_より引用】

こうして身近なものの歴史を振り返ってしみじみするのって
なかなか楽しいもんですね。

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2016年09月24日

カルロ・クリヴェッリのマグダラのマリアを自分流に味付けして鉛筆画にしてみました

マグダラのマリア鉛筆画.jpg

以前…なんとなく描いて、なんとなくアップしていた下書き
清書して鉛筆画にしてみました。

なんだか微妙な感じになったような…。

鉛筆画ってのもどこまで描きこめばいいのかわかんないから難しいですね。
どんな紙を使うかによっても全然違ってくるし…。

世界には超凄い鉛筆画を描く方が数多くいらっしゃいますが、
ああいった方々の作品を見ていると、
鉛筆画は影の濃淡や光の感覚(?)に対する感性が
いかに優れているかが大切なように思います。

うむ。


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