2016年11月03日

【実現すべき自己などない!!】という悟りをくれた本について。

一億総ガキ社会.JPG
先日、ブックオフに立ち寄った際に
ふと目についた本があったので購入しました。

『一億総ガキ社会~「成熟拒否」という病~』著者:片田珠美

と言う本です。なぜこの本を手に取ったかと言うと、
自分を含め、最近の日本人は男女問わず、なんだかすごく幼稚な人間が増えたなぁ…
と常々感じていたからです。子供のまま大人になってしまった人が多いですよね。
少子化の原因も、突き詰めて考えると根源はそこにあるような気がします。
皆が皆、自分の面倒を見るので精いっぱい…自分中心の物語を崩したくない…
世の中がそんな人で溢れかえっているように感じます。もちろん私もその中の一人です…。

…で、この本はですね、感想を言うと…まあまあ良い本だと思います。
著者は精神科医ということもあって、患者として来院した人たちの
具体的なエピソードも挟まれているので説得力のある内容だと思います。
幼児期の万能感を捨てられずに等身大の自分が受け入れられない人たち、
モンスターペアレントやモンスターペイシェント、クレーマーなどの問題や、
ひきこもり、エディプスコンプレックス、子離れできない母親、
ちょっとしたことですぐ精神薬に頼る現代人の問題、
高度医療が進んだ結果「死」を受け入れずに遠ざけ続ける現代人…などなど、
興味深いことが色々と書かれています。

「自己愛」「対象喪失」といった心理学用語?みたいなものが出てくるので、
その辺のことを事前に少し知っておく必要がありますけれども、
全体的にわかりやすく、読みやすい内容になっていると思います。

…それでですね、この本の中でとにかく感動?した箇所があるんです。
この著者の言葉ではなく、他の本から引用されている部分なのですが…

自分が「空っぽ」であることを受け入れられない

そもそも、大多数の「普通の人々」に、実現すべき自己などあるのだろうか?
小谷野敦氏は、なぜ『赤毛のアン』が日本で人気があるのか?について分析した評論
「実現すべき自己などない時」(『聖母のいない国ーThe North American Novel』河出文庫所収)
の中で、次のように述べている。

「多くの人々には、確固たる自己などないのだし、実現すべき自己などないのである」
筆者も全く同感である。精神科医として、あるいは大学の教師として、
今どきの若者に接する機会の多い筆者は、「将来どんなことをしたいと思っているの?」
と尋ねても、しばしば「別に何もない」という答えが返ってくることに驚くのであるが、
実はそれが現実なのである。
第一、小谷野氏も指摘しているように、
「人の願望などどいうものは、周囲の環境が作り上げるものだ」。
(p113)


実現すべき自己なんて存在しない.jpg
……この「実現すべき自己などないのである」と言うセリフに
脳天を殴られたような衝撃を味わいました。
…いや、とても滑らかに胸に浸透してきたセリフでもあります。
なんだか肩の荷が下りたような、すがすがしい気持ちになりました。
思わずイラストにしてしまったくらい気に入ってしまいました。

私は…いや、私に限らず多くの人たちが、
小学生のころに「夢を持て」「将来の夢について作文を書け」と言われ、
中学生の頃には「自分の将来を具体的に見据えた“自分史”を作りなさい」と言われ、
高校や大学になると「自己実現」というよくわからない文言に惑わされるようになります。

もちろん、夢だとかそういった目標を持つのは良いことですが、
いずれ折り合いをつけなければならないわけです。

そこで私もいろいろ考えてきましたが、
たしかに、そもそも、実現すべき自己なんてものは存在しないんですよね。

もっと突き詰めて考えると「自分は存在しないのかもしれない」という結論に達します。
我々の存在なんて粒子の集合体であり、その「粒子の存在」というもの自体が実にあいまいです。

この「自己など存在しない」もしくは「自分と言う存在は実は曖昧なものだ」と言う感覚を
獲得できたならば、些細な事に腹を立てることもなくなり、
やがて死を恐れることもなくなると思います。
この「自分は存在しない」と言う感覚は、一見ネガティブなように感じますが、
そうではなく、実に自然な…なんというか…自然の摂理であり、真理であると思います。

よく「自分探しの旅に出る」とか言いますけども、
どんなに探したって自分なんてものは見つからないわけです。
まぁ、「自分探しの旅」の目的はそこに気づくことだと思いますけどね。
例えば、「自分探しの旅に出る!とりあえずマチュピチュ遺跡に行く!」
とか言う人が居るとします。マチュピチュに行っても自分なんて見つかりません。
そこで見つかるのは、マチュピチュの持つ歴史の深さと
異国の広大な自然と神秘の中に佇むちっぽけで曖昧な自分の存在です。
そこで「自分ってのは流れゆく自然と歴史の中に漂ってるだけなんだ」と悟る…
これが「自分探しの旅」の持つ意味だと思いますよ。私はそう思いますけどね。

そんなこんなで、この本にはなかなか感銘を受けました。
そしてこの本の最後に書かれている部分もですね…
あらゆる問題の根底にあるのは何か?ってのを割と的確に言い当てているように感じました。

もっとも、一度でもつまずくと二度とはい上がれない、言いかえれば、
一度「負け組」に落ちたら最後、二度と浮かび上がれないように見える社会では、
転ぶことへの不安や恐怖が募るのは当然である。その結果、
わが子を「勝ち組」にしようと躍起になる親―――極端な場合はモンスターペアレント―――
が増えている。また、「勝ち組教育」からドロップアウトした子どもや若者は、
不登校・引きこもりという形で「おうち」という安全地帯に退却してしまう。
さらに、「負け組」に落ちたことによって味合う敗北感や抑うつ感から逃れるために
酒や薬物に溺れる依存症は、深刻な社会問題になっている。
それゆえ、「勝ち組路線」から一度でもはずれてしまうと、
そこにもどるのが極めて困難に見えるような現在のシステムを根本的に見直し、
敗者復活の容易な社会を築いていく努力が必要なことは言うまでもない。
(p248)


ただ、この見解には大きな間違いが一つあります。
そもそも、人生に「勝ち負け」なんてあることがおかしいんです。
勝ち組だとか負け組だとか…そういった概念のない社会づくりをしないといけないわけです。
ブロガーのInDeepさん的に言わせていただくのならば
「男性性社会」から「女性性社会」へ移行しないといけないのです。
念のため言っておきますが、「女性性社会」というのは、
フェミニストが台頭して女性の社長や政治家がたくさん誕生する…ということではありませんよ。
「男性性社会」「女性性社会」についてのInDeepさんの見解は
↓こちらなどをどうぞです。(ちなみにInDeepさんは男性です)

人類の大きな希望 : 女性「性」の文明
http://oka-jp.seesaa.net/article/191401196.html

なぜ男性は存在するのか? という生物学界の大きな
疑問がついに解決 : オスの存在には「種の絶滅を防ぐ
メカニズム」があることが英国の研究で判明する
http://oka-jp.seesaa.net/article/422529249.html

「縦割り・勝ち負け・競争・秩序…」といった男性型社会から、
そろそろ「水平性・平等・持続可能な自然サイクル…」といった
女性型社会へと変わらないといけない時に来ているんだと思います。

なんだか最後に話が壮大な方向に行ってしまいましたが、
突き詰めると、資本主義を筆頭とする男性型社会が限界にきているから、
世の中がとってもおかしくなってしまっているわけです。
「男性型社会が~」なんて言うとまるで男性の責任のように聞こえるかもしれませんが、
これは男性だけの問題ではなく、女性も共犯です。

最近は世の中がほんとにおかしいです。狂ってます。

そんなふうに、様々なことを改めて考えさせてくれる本でした。

2016年10月16日

なぜ女は化粧するのか?なぜしなければいけないのか?

女性はなぜ化粧をするのか.JPG
なぜ女性は化粧をしないといけないのか…?
なぜ女性ばかりが、面倒な化粧を毎日毎日やらないといけないのか…?
男性は化粧することを免除されているのに、
なぜ「女は化粧をするのがマナー」になっているのか…?

これ、昔っから疑問に思っていたんですよね。
いつか記事に書こうと思って忘れかけていたのですが、
最近読んだ本に「化粧がいかに肌に悪いか」が書かれていまして…、
このことがきっかけになり、記事を書くに至りました。

その本とは『傷はぜったい消毒するな~生態系としての皮膚の科学~』
という本です。著者は医師の夏井睦という方です。2009年発行。
この本の主な内容は…ものすごくざっくり簡単に言うと、
「消毒薬は自然治癒力を邪魔するものであり、使うべきでない。
傷は消毒せずに密閉し、湿潤療法するべきである。
人類は元々、色々な菌と共生してきたのに、現代人はそれを排除しようとしている…」
というような内容です。もちろん、もっと濃い内容なので、詳しく知りたい方は
色々な方がブログなどで感想を述べているので調べてみてください。
Indeepさんも取り上げられています。良い本だと思います。
実際、消毒しない方が治りが早いんですよね。
私はなぜか本能的に?そのことに気づいていたので、
切り傷を作った際には消毒せず、すぐにバンドエイドと医療用テープなどで密閉してました。
すると数日後には治ってるんですよ。
傷が深い場合はキズパワーパッドなどの使用をおススメします。

話が脱線してしまいましたので、化粧の話に戻します。
この本には、化粧(基礎化粧品を含む)やシャンプーが
いかに皮膚に悪影響であるか…ということが書かれていました。

化粧は皮膚を老化させる

さらに深刻なのは、化粧品というか、化粧という行為そのものが皮膚に与える影響だ。
<中略>
これに一番初めに気が付いたのは、顔のケガで受診された化粧品売り場勤務の女性だった。
治療のために化粧を落としてもらったのだが、顔の皮膚は黒ずみ、
皺が多くて毛穴が目立つという惨状を呈していたからだ。
<中略>
しかもこれは、日本女性に特有の現象ではない。
ハリウッドのセレブ女優のスッピン画像を集めたインターネットサイトを見ると、
その女優さんたちの顔や首の肌は驚くほど老化しているのだ。
高価な化粧品を使い、エステに莫大な金をかけているであろう
セレブ女優たちですら、そうなのである。
一方、同年齢の男性の肌は、それに比べると皺もシミも少ない(もちろん、毎日外で仕事をしていて
紫外線浴びまくりの人は別だが)。一般に、女性は肌の手入れに余念がないが、
男性で肌に気を使っている人は極めて少数で、せいぜい朝一度顔を洗う程度である。
それなのに、同年齢の男性と女性の顔の素肌を比較すると、
圧倒的に男性の肌のほうが綺麗である、そして面白いことに、
荒れているのは女性の顔の肌のみで、腹部や背部の皮膚は荒れていないのである。
つまり、肌の老化は化粧をしている部位と一致している。
<中略>
この皮膚の老化は、化粧品の成分を調べてみると簡単に説明がつく。
クリームにしてもローションにしても化粧水にしても、
洗浄力の強い界面活性剤を含んでいて、
クリームもローションも皮膚を皮膚常在菌が棲めない状態にするからだ。
<中略>
しかも、すぐに洗い落とす石鹸やシャンプーと異なり、化粧品は一日の大半、肌を覆っている。
<中略>
つまり、女性の顔の肌は連日12時間以上、界面活性剤で覆われていることになる。
<中略>
これまで多くのパラダイムを見てきたが、もしかしたらこの「女性は化粧をするものだ」
というパラダイムは、最強のものではないだろうか。
<中略>
美しくなりたいという願望が遺伝子レベルでプログラミングされたものなのか、
人類の文化の中で生まれた二次的なものなのかは私にはわからないし、
女性が美を追求することを否定するつもりもない。
私が問題にするのは、現在市販されている化粧品が
「皮膚常在菌が生息する生態系(=皮膚)を破壊する成分を含んでいる」ということだけである。
皮膚と常在菌についての知識がない時代であれば、
このような商品がまかり通るのは仕方がないと思う。
現在、化粧品業界が我が世の春と謳歌しているのは事実だが、
それはユーザー側の無知を前提にした繁栄でもあるのだ。

※「パラダイム」とは「(科学上の問題などについて)ある時代の
ものの見方・考え方を支配する認識の枠組み。」のことです。

なんというか、これはこの方が仰る通りでしょうね。
実際問題、化粧の薄い女性や、ほとんどスッピンで暮らしていて、
肌の手入れもたいしてしていないような女性のほうが、
化粧をきっちりしていて肌の手入れに余念のない女性よりも、
素肌が綺麗であることが多い気がします。(もちろん例外もあるけど)

私は、今現在化粧をほとんどせず、洗顔は赤ちゃん石鹸でささっと行い、
保湿はオリーブオイル(医薬品グレード)を数滴塗る…というような
ズボラな手入れしか行っておりませんが、このやり方を導入する前より
断然肌の調子が良くなり、肌がきれいになりました。
乾燥が激しいときは、グリセリンの原液をちょびっとだけ
ハトムギ化粧水に混ぜて塗ります。効果てきめんです。まったく乾燥しません。
使用しているものはすべて安価なものばかりです。
ちなみに、シャンプーは重曹水、リンスはクエン酸水…という方法をとってから、
髪と頭皮の状態もとても良いです。この本の著者の夏井氏は「湯シャン」という、
いわゆるお湯のみで洗髪する方法を行ったら、抜け毛も減り、フケも減り、
臭いも減り、痒みも減った…と仰っています。

それにしても…メイク系の化粧品が肌に悪いことは女性も皆わかっていますが、
基礎化粧品系の商品も肌に悪いとは…。
でも、たしかに香料が強い化粧品なんかは、肌がかゆくなりますね。
そもそも基礎化粧品に香りをつける必要性なんて無いと思うのですが…
なぜ香料を入れるのか理解できません。

まぁ、とにかく、「化粧は肌に悪い」「化粧は肌に多大な負担を強いている」
「化粧を落とさずに寝るなんて、汚れたぞうきんを顔に乗せて寝るようなもの」
…というようなことは女性たちだってわかっているんですよね。

では、肌に悪いとわかっているのに、なぜ化粧をするのか…???

ここが問題です。

「毎日化粧をする」ということで生じる悪は、肌に悪いということだけではありません。
朝の貴重な時間をメイクのために割かなければなりません。
どんなに安い化粧品で揃えても、数千円のコストがかかります。
男性はかけなくてよいものに、女性は女に生まれたがゆえにかけなければならないのです。
男性は汚い肌をテカテカ晒していても「ファンデーションくらい塗れ!」なんて言われないのに、
なぜ女性が同じ状態だと言われてしまうのか…???

個人的にアレコレ考えたり、化粧に関する本を読んだりした結果、
女性が化粧をする理由は、下記のような要因があるからだという結論に達しました。

・古来から続く、美に対する配慮や気遣い、しきたりなどによる文化的・社会的背景
 (特に日本はこの要因がとても強く、強固な土台として鎮座している)

・「大人の女性」としての通過儀礼的役割

・資本主義の台頭によって生じた企業の強烈な広告合戦の結果

・「オスを獲得するために綺麗に見られたい、他のメスより優位に立ちたい」
 というメスとしての遺伝子レベルでのプログラミング

・たとえ上辺だけであっても、美人に見られた方が得をする場合が大なり小なり存在する

・メイクをすると自分に自信が持てるため、気持ちまで華やかになったり、
 気合が入ったりするので、心理的にプラスの作用が生まれる場合がある

日本に限って言うと、資本主義が台頭する前から化粧はかなり盛んで、
「白粉をしない女なんて、女としてのたしなみがない」
というような風潮が、戦前あたりまで割と根強く存在していたようです。

『お化粧しないは不良のはじまり』という本を読んだことがあるのですが、
日本人女性が昔からいかに化粧に余念のない民族であるかが良くわかります。
着物文化もそうですけど、日本人女性は本当にオシャレですよ。
女性の「人からどう見られるか」を気にする気質が、
「恥をかきたくない」「人の目を気にする」という日本人的な気質と合体して、
余計強いものになってしまったがゆえの結果なのではないかな…なんて私は思います。
あと、日本人は男女ともに「凝り性」です。それも理由のひとつでしょう。

まぁ、昔は「いかに良い結婚をするか」が女の人生において超超超重要事項だったがゆえ、
いかに男性に良く見られるか、「たしなみのある美しい良いお嬢さん」としてふるまえるか…
などが、現在とは比べ物にならないくらい重要だったんでしょうね。

ちなみにこの『お化粧しないは不良のはじまり』には、バブル時代のOL様の様子も
書かれているのですが…なんというか本当に馬鹿みたいですよね(笑)
いや、悪いけど…丸の内OLのメイクの傾向がどうだとかこうだとか、
ピンク系のルージュはもう古いからなんだとか…新色のリップがどうとか…アホか。
バブル時代は女性のみならず男性も皆狂乱の時代でしたから、
女性だけがどうこうというわけではありませんが、
化粧品業界がブワワワ~~っと花開くきっかけになったのは
バブル時代だったのではないでしょうか。
シャンプーもそうですよ。それまでは毎日髪を洗う人の方が稀だったのに、
ワンレンを美しく形成するために「朝シャン」という行為が流行りだし、
髪質や指通りをすごく気にする女性が増えました。
そこに目を付けたシャンプー系業界があれやこれやと開発しだしたのもこの頃からでしょう。

しかしですね、もう時代は流れに流れ…
化粧に金と時間をかける女性も減ってきているわけです。
そもそも、化粧に金掛けるなんて、経済的・精神的に余裕のある女性にしかできません。
めんどくさいです。ほんと。
もちろん、お化粧が好きな女性もいますし、それは良いんですけど、
「化粧をしないスッピン派の女性」の人権も認めてほしいと思うんですよね。

「女性が化粧をしないのはマナー違反」という風潮や社会的圧力…
これをどうにかしてほしいと切に願っております。

ただ、この社会的圧力も、ここ数年でだいぶ薄れてきているように感じます。
OLやってる友人(30代半ば)が「最近の若い子はスッピンとか超薄化粧で出社してくる人が多い」
と言っておりました。そしてそれを咎める人も特にいないようです。
(会社によっては、スッピンだと怒られますので気を付けてください…)

ちなみにその友人いわく「母親世代はきっちり口紅を塗った厚めの化粧をしていて、
バブル世代もそれを引き継いでいて化粧は厚め、その下の世代からは濃い人と薄い人が
混在していて、最近の若い人は薄い人が多い…」というようなことを言ってました。

たしかに、言われてみると最近の日本の女性全体に
そういった傾向が出てきているのかもしれません。(もちろん個人差はあるけれど)
若い女性に限らず、30~40代くらいの人も薄い人が多くなったような気がします。
最近の主流が「ナチュラルメイク」「スッピン風メイク」だからなのかもしれませんけど。
「口紅」ってのはもはや死語になりつつあるくらい、最近の人は使いませんよね。
もっぱら主流はグロスですから。口紅をきちっとつけてるのは50代以上の女性に多いです。

街行く女性たちをまじまじと観察してみると、
薄化粧や、ほぼスッピン?のような人が多いように感じました。
コンビニの女性店員のなかには、ドすっぴんで接客している人が何人かいました。

そんなかんじで、「女性が化粧をしないのはマナー違反」という風潮が
今後もっともっと薄れていってくれることを強く祈っております。
ついでに、ストッキングも廃止してほしいです…。
「ナマ足では失礼」ってのもよくわからないパラダイムですよね。
ストッキングって数回履いただけで破れるもん…。
毎日着用しないといけないような職種の方はそれだけで無駄なコストがかかります。
もっと言えば、「女性はムダ毛を処理しないといけない」とされているのも謎です。
女って大変ですよ。ほんとに。めんどくさいことだらけ。

ええと、話を化粧に戻しますと…個人的に感じるのは、
今後は「TPOによって化粧を使い分ける」という女性が多くなるでしょう。
「今までだってそうだっただろ」と言われてしまいそうですが、
今まで以上にこの傾向は進んでいくと思います。
「普段はほぼスッピン、女友達と遊ぶ時は快活な薄化粧、合コンは厚めのメイク…」
というような傾向がより一層進むことでしょう。
私のような女ですら、結婚式に招待されたりしたら、きちんとしたメイクをしますし…。

↓最近、こんなニュースがありました。
化粧顔に見えるシステム.jpg
【“すっぴん”でも化粧顔に見えるテレビ会議システム開発】
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161007/k10010721481000.html
これを見たとき「スッピンのままでいいだろーが!!!!」と思わずツッコミを入れた人は
男女ともに一定数居たのではないでしょうか。
まぁ、このソフトを開発したのは化粧品会社ということですので、
「化粧品会社に勤めている女性がスッピンで…」ってのはマズいのかもしれませんね。
しかしながら言い換えれば、化粧品会社に勤務している人ですら
「化粧はめんどくさい」と強く感じているということですよ。

今後ネットワークが進化し続けると「オフィス」を構える会社は減るでしょう。
そうなると、こうやってどんどん化粧もCGになっていくかもしれません(笑)
いずれは…スマホの無料アプリかなんかで、自分の顔にプロジェクションマッピング的な
光線を発射させて自在にデジタルメイク?する時代になるかもしれませんな(笑)
そうなったら『傷はぜったい消毒するな』の夏井氏も安心する世の中になるかも?

ちなみに、夏井氏は

「女性は化粧をするものだ」というパラダイムは、最強のものではないだろうか。

と仰っておりますが、私はこのパラダイムと同じくらい強いのが
「男の髪は短くなければならない」
「サラリーマンはネクタイを着けるものだ」
というパラダイムだと思います。
まぁ、世の中は色々なパラダイムによって構築されているものですから、
しょうがないのかもしれませんが、男性の髪型はもっと自由でも良いのではないかな?
と思うことは多々あります。そりゃ、銀行員がモヒカンだったらびっくりだけど、
最低限のTPOをわきまえていて、清潔感があれば…
ある程度のバリエーションが存在していても問題ないと思うんですけどね。

しかも、化粧に関してもですね、逆に考えれば
「男性は化粧なんてしないものである」というのもパラダイムですよね。
男性が濃い化粧をする民族だって存在するわけですから。
『お化粧しないは不良のはじまり』には、
「昔の武士は血色が悪い時に、良く見せるよう紅をさしていた」というようなことが
書かれておりました。今風の言い方をするなら完全に「チーク」ですよね。
なので、そもそも「男性が化粧をしちゃいけない理由」ってのは無いわけです。
最近では「メンズ用ネイル」を提供しているネイルサロンもあるようです。
私はネイルが苦手なので、ネイルアートにあまり興味はありませんけど、
男性がやってはいけない理由は特にないはずです。

それにしても…ネイルってのはなかなか独特な世界ですよね。
ネイルがキライな男性は多いですが、女性でも苦手な人はたくさんいると思います。
ただ、「指先が煌めく」ということにトキメク女心がわからないわけではありません。
ネイル業界はここ数年で目覚ましい発展を遂げましたが、
今後不況になったり金融危機が発生したら、ネイルなんてやる余裕のある女性は減るでしょう。
当たり前ですが、貧乏人が増えたら化粧品も売れなくなります。
ひと昔前も、化粧に熱心だったのは上流階級のお嬢様たちだったそうです。
潤沢な資金と時間的余裕のある人じゃないと手間と金をかけた化粧なんてできませんからね。

しかしホント…世の女性たちが化粧品業界に踊らされて、
「金を払って肌を悪くしている」という状況に陥っている現状を見ると、
なんとも悲しく、憤りを感じますね。
いや…女性だけではないですね。男性も企業に踊らされていますね。
最近はやたらと「男の頭皮のアブラ臭を根こそぎ落とす!!」
みたいな商品のCMを目にしますが、こういった商品はメチャクチャ刺激が強いので、
かえって頭皮の環境を悪くしてしまい、逆効果になることが多いと聞きます。
あんなのを毎日使ったら、ハゲ一直線ですよ。
で、ハゲたら育毛剤を買うわけですよね…。まさに企業のマッチポンプです。

我々は企業が仕掛ける広告合戦からはやく解脱しないといけません。
幸い、最近はネットの普及のおかげで様々な情報を知ることができますし、
ナチュラルなものへの回帰志向?が若干強まっているように感じることもあります。

化粧文化そのものや、女性の化粧への姿勢や考えかた…
その他様々なパラダイムが時代によってどう変化するのか気になりますね。
ここ数年の時代の加速度は半端じゃないですから、
いままで起こりえなかったようなことが起こるかもしれません。

2016年09月13日

邦画がつまらないのはなぜか…色々な人のサイトを読んでみるとその理由がわかったような気がする。

なんとなく…ぼんやりと、「このブログって始めの頃は映画の感想をたくさん書いてたな…」
と思い出しました。ドヤ顔で稚拙なレビューを長々と書いて…今考えると本当に恥ずかしいです。
ここ数年はあまり映画の感想を書いてませんが、映画鑑賞は継続しております…。
結構観てます。ただし…ネットでね。映画館には久しく行っていませんし、
DVDを借りることもめったにありません。時代の流れですな。

そして色々な映画を観れば見るほど、

なぜ、邦画ってこんなにつまらないんだろう。

と思う気持ちが年々強くなっております。
邦画ファンには申し訳ないのですが、現在の日本の映画界はヤバいと思いますよ。
言っておきますが、ハリウッド映画を絶賛する訳ではありません。
ピストルバンバン撃ち合って、爆発したり飛んだり3Dで飛び出したりする映画が
素晴らしいのかと言うと、そうではありません。ハリウッドの真の素晴らしさは
『天使にラブ・ソングを…(原題: Sister Act)』と言ったような作品にあらわれていると思います。
ああいった作品が、まさに映画の理想だと思います。

また、古い映画ですがマリリン・モンローが出ている『お熱いのがお好き』
と言う映画も、個人的に大変素晴らしい映画だと思っています。
女装モノのドタバタラブコメディで、テンポも良く、すごく良くできた脚本で…
「ああ、映画ってのはこうあるべきものなんだなぁ」と感じさせられる作品です。
特に、ラストシーンが大好きです。
映画史に残るラストシーンとして有名なのは『第三の男』と言われているようですが、
個人的には『お熱いのがお好き』の畳みかけるようなテンポの良い、
コミカルな終わり方が実に爽快愉快で大好きです。
↓こちらがそのラストシーンです。
お熱いのがお好き_ラストシーン.jpg

話を戻しますが、邦画の末期的状態については
以前からとても気になっていたので、いい機会なので書いてみようと思います。
ちなみに、「邦画」の中にはアニメは含めないこととします。
毎度のことながら、とっても記事が長いです。

「邦画 つまらない」などのワードで検索すると色々な人の意見が出てきます。
その中でもトップページに出てくる落語家の方の意見がですね、
私の言いたいこととほぼ同意見でしたので、一部を抜粋させて頂きます。
※青字が抜粋部分です。

なぜ、日本映画はダメなのか?
http://enjoo.com/rakugo/old/rakugo/ra_eiga_01.html

世の中に純粋芸術ほど下らないものはない。
なぜならそこに娯楽が入っていないからだ。
芸術と娯楽が混じってこそおもしろいのだ。映画もまず娯楽が基本だと思う。
能書きがありすぎるヨーロッパ映画は辛気くさくて嫌いだ。
だからカンヌ映画祭なんてなんぼのもんじゃい。
商売でアメリカにかなわない者同士が集まった「タニシの歯ぎしり映画祭」
としか思えない。そして日本映画は、アメリカにもヨーロッパにも、
韓国映画にも太刀打ち出来ない。情けない映画になってる。
では日本映画のどこがダメなのか?

■日本映画のここがダメ1・下手過ぎ!光りと影の使い方
物がなぜ立体的に見えるのか?それは光りと影があるからだ。
洋画は、この光りと影の使い方がうまい。
ところが日本映画は正直情けないベタ照明で光りと影がからっ下手。

これ…すごく納得しました。
長年抱き続けてきた邦画に対するモヤモヤ感がやっとわかりました。
立体感や画面の緊迫感、深みがないんですよ。
昔の、フィルム撮影だった時代の時代劇は、陰影が濃くてカッコよく、
深みも趣もあり迫力もありました。それがデジタル撮影になってダメになりました。
それと同じような印象を現在の邦画全体から感じます。
「フィルム撮影に戻るべき!」と言いたいのではなく、
せめて昔の時代劇くらいの陰影の濃さ(?)や味わい(?)のようなものを
取り戻してほしいと思うのです。まぁ言うのは簡単ですが、実行するのは難しいですよね。
「日本人は2D(二次元)は素晴らしいのに3D(三次元)は下手」ってどっかで聞いたんですが、
まさにその通りだと思いますね…。文化的背景の違いがあるんでしょうね。
昔の時代劇_フィルム撮影_水戸黄門.jpg

昔の時代劇_フィルム撮影_水戸黄門2.jpg
↑参考までに…昔の時代劇のキャプチャです。
ただ画面が暗いだけ…?のようにも感じますが、やっぱり現代には無い味わいがあると思うのです。

■日本映画のここがダメ2・ドン引きカットが多すぎる
日本映画は予算の関係だろうか、カット数が少なすぎ。
良く見かけるのが全体を入れ込んだシーンだね。
もうコンビニの監視カメラじゃないつうんだ。ひどいもんだね。
ダイナミックさ、動きがゼロ!おもしろくもなんともない。

たしかに…言われてみればそうかもしれません。
洋画に比べ、邦画はテンポが悪いと感じるのもこのせいかもしれません。

■日本映画のここがダメ3・絶叫と独り言のダメ演技
日本映画の役者の演技って最悪!もう絶叫するか独り言みたいにボソボソ。
まず感情表現がキチンとできる役者を使って欲しいねえ。
監督も役者もまず人間を知ってから映画を作って欲しい。これがまず最低ラインだよ。


同感です……。
映画に出るような日本の役者ってのは…ほんとにもう…演技が青臭いというか…
わざとらしいというか…うんざりです。モデル上がりの美男美女が出てきて、
美男美女役をやって、くっさい演技して…噴飯モノですよ。
きちんと各劇団からオーディションでイチから配役を決めろよと言いたい。
もちろん、興行収入とか色々と大人の事情があるから、
集客のできる力のある有名人や人気のアイドルなどを起用したい気持ちはわかりますが、
そんなことばっかやってるから、どんどんどんどんダメになっていくんですよ。

■日本映画のここがダメ4・日本のスタイリストはホントに映画を良くしてるのか?
映画にリアリティは必要だよね。ところが日本映画のスタイリストは、
きれい好き。個人的にきれい好きなら良いんだけど。
登場人物の着てる物もきれいにアイロンを掛けして、きれいにしてしまう。
襟垢のべっとり付いた臭い着物の百姓も、すっかり小奇麗に小サッパリした
百姓になってしまう。江戸時代にそんな奇麗事の百姓がいるかよ!になってしまう。
映画がスタイリストたちによってドンドン絵空事のウソ映画になって行く。

激しく同意です。きれいすぎるんですよ。
もちろん小汚い作品ばっかりだったらいやだけれども、
「ここは少々汚い方がリアリティが出るのでは…?」
と思う部分まで綺麗にしすぎているように感じます。
ただでさえ、陰影のないのっぺりした画面なのに、
衣装や化粧がきっちりしすぎていると、ますます安っぽい画面になってしまいます。

■日本映画のここがダメ5・ 監督、脚本家にホントーに才能があるのか?
日本映画ってバカみたいに軽すぎるか、意味もなく暗過ぎるかのどちらか。
しかも映像には動きがない。リズムがない、分かりづらい、
で結局なにが言いたいんだ?早い話が才能のない小津安二郎もどき、
無能な黒沢明もどきが映画を創っているようだ。
元々、日本映画は何を狙っているのか?娯楽映画なのか?
芸術映画なのか、AV映画なのか、なんなのか?サッパリ分からん。
しかも娯楽映画だと単なるおふざけゴッコ。ひとりよがりで幼稚!
もちろん、すばらしい日本映画だってある。だが100本に1本もあるのか?それが問題だ。

ほんとにその通りだと思います。
特に「日本映画ってバカみたいに軽すぎるか、意味もなく暗過ぎるかのどちらか」
というのにはすごく納得させられます。
漫画が原作だったり、娯楽目的で作られたものは、
ものすごく軽い作りになってしまって、ちゃっちい作品ばかり…。
かと思えば『誰も知らない』『それでも僕はやってない』のような、
暗~い、社会に対する問題提起を鑑賞者にダイレクトに押し付けるような作品も多い。
もう少し描き方を工夫しろよと言いたいくらい暗い。

また、個人的に思うのはですね…日本はホラー及び悪趣味系の映画も多いですよね。
まぁ、他国にどれほどあるのか厳密に統計を取ったわけでは無いのでわかりませんが、
なんというかねぇ…そういうのもどうかと思いますよ。
『グロテスク』というよくわからないホラー映画(邦画です)があるのですが、
なんで作ったんだかよくわからないような映画でした。
変なキチガイ男が男女をさらって、しばりつけて拷問していく映画なんですけど、
いったい何がしたいのかわからないうえ、たいした迫力もありませんでした。
オランダ映画の『ムカデ人間』の方がまだマシでしたよ。

また、数年前には、色々な意味で批判された『先生を流産させる会』という映画もありました。
これは、実際に起きた事件をもとに脚色して制作された映画で、
加害者の性別を男子から女子へ改変して制作したことに批判が集中しました。
本当は男子生徒が徒党を組んで女性教師に陰湿な行為をした事件なのに、
それを「男子⇒女子」に改悪して女性同士の対立にしてしまったんですね。
監督いわく「男子がやったんじゃ“ただのいたずら”で終わってしまう。
それじゃ面白くないし、深いところまで迫れないから女子に変えた」と言うことだそうです。

…まぁ正直どうかと思いますよね。
実際の事件からまだ数年しかたってないのに映画化する無神経さと、
加害者が男子のままでも、思春期の少年の心の闇とかを掘り下げたり効果的な描き方をすれば、
いくらでも深みのある面白い作品は作れたはずなのに、その努力をせず、
結果的に安易に女性同士の対立に持って行ってしまう無能さ。批判されて当然です。
映画の出来が良かろうが悪かろうが関係ありません。
監督は生命倫理とかその辺のことを描きたかったようですが、
だったらイチから自分で物語を書いて映画化してほしかったです。

実際の事件では、男子たちの蛮行を見るに見かねた女子生徒が、
他の先生に通報・相談して事件が発覚したそうです。
映画化の話を聞いたとき、被害に遭った女性教師や、
救済にあたった女子生徒はどう思ったでしょうか?
そういった最低限の想像力と言うか…倫理観すらないとなると、
時代から取り残されてしまうのではないでしょうか。

ホラーやサブカル系悪趣味映画に多いんですよネ…
こういう「女は怖い」的な雰囲気や、制作者側の潜在的な「女ぎらい」や、
「女性への畏怖が一周回って恐怖に変わる」「女こえー」という
何とも言えない独特な雰囲気が色濃く反映されている作品…。
幽霊なんかもほとんど女の人でしょ。貞子とか。カヤコとか。

そういった作品が存在していること自体は別に良いんですよ。表現の自由です。
私もそういうのを観るのが好きだった時期もありました。
しかし…なんというかねぇ、まぁうまく言えないんですけど、
そういうのばっかりだと、どうかと思う部分も大きいわけです。

結局、男が人を殺しても、男同士でリンチしてても、男子同士でいじめやってても、
「男は元々争い合うもんだから面白みがない、創作の余地がない」と思うのかもしれません。
現実社会では女同士で傷つけ合うよりも、男が女を傷つけたり、
男同士で殺し合ったりリンチしたりする事件のほうが多いのにさぁ…。

リンチと言えば…先ほどのサイトの方がページの後半で、

個人的に一番嫌いなのが強姦シーン!あんなに見たくない。
それに洋画には強姦シーンなんてないぞ。いまだに堂々と強姦シーンを
撮り続ける日本映画関係者の感覚はなんなんだ?時代が全く読めてない。
それになぜ映倫は強姦シーンを禁止しないのか?不思議でしょうがない。
見ていて実に不愉快だ。とにかく日本映画は、
リンチ・シーンとか、暴力シーンが多すぎる。

…と書かれていますが、その通りだと思います。
浅野忠信主演の『殺し屋イチ』というのもまぁ凄かったですよ。
「そういった作品は制作するな!排除しろ!」とは言いませんけども、
まぁ、なんというか…日本ってホント良い意味でも悪い意味でもおかしな国です。

ちょっと話が脱線してしまいました。申し訳ない…。
しかも、一部の超マイナーな映画を取り上げて語ってもあまり意味を成しませんね。スミマセン。
まぁ…兎にも角にも、そんなこんなで、色々な人の意見を読んでいたら、
邦画がダメになった理由が少しわかったような気がしました。

↓こちらのサイトもわかりやすかったです。
邦画がつまらないのはなぜか?

↓また、教えてgoo!にはこんな裏事情?も書かれていました。
邦画がどうしても楽しめない理由とは

翻訳家の戸田奈津子さんは・・・
「日本では脚本家への報酬が、少なすぎる。
アメリカではそこそこヒットした作品を1本手掛けただけで一生食べていける。
日本では、作品の準備に1年かかってももらえる報酬は数十万円。」と言っていました。


こういった報酬不足、予算不足、スポンサー不足なども
邦画がダメな理由なのかもしれません。
となると、もはや個々人の努力やヤル気ではどうにもならないですね。

このままじゃ日本の映画はどんどん衰退するでしょう。
まぁ、邦画だけでなく洋画も不振になっているようですけどね…。
映画自体がオワコン化してきて「映画離れ」とか「映画館離れ」と言われてます。

映画離れ・映画館離れの理由は、色々あるとは思いますが
おおむね下記のような感じでしょうね。

①料金が高い。
②テレビが高画質・大画面化しているので、自宅鑑賞で十分楽しめる。
③ネットの配信サービスで満足。
④映画以外にも娯楽がたくさんある。
⑤観たい映画がない。
⑥「休日に家族やカップルで映画を観に行く」という風習が薄れている。
⑦昔の名作を鑑賞したほうが面白い。

映画だけでなく、あらゆるエンターテインメントが
転換期を迎えなければならない時代なのかもしれません。

なんだか…長々と脱線してしまいました。

すみません。。この辺で終わりにしますm(__)m