2018年03月03日

禁断の百年王国!少女と人形の蜜月!

禁断の百年王国_少女人形論.jpg
『少女人形論 禁断の百年王国』増淵宗一/1995年発行

久々に図書館に行ったのですが、思わず目に飛び込んできたのがこの本です。
『禁断の百年王国』なんてソソるタイトルつけやがって…しかもこのフォントで。

そしてそのまま借りて読んでみたのですが、なかなか面白かったです。
この本はザックリ言うと、明治以後の少女文化の歴史を「人形」にスポットを当てて書いた本です。ありそうでなかった着眼点ですね。
やっぱり私はこういった「少女文化」の歴史やその変遷をたどる本が大好きです。
自分でも何故なのかよくわかりませんが、非常に惹かれる領域なんですよね。
少女の世界ってのがね…。

禁断の百年王国_挿絵資料.JPG
色々と貴重な資料や挿絵も載っていて非常に勉強になる内容です。

筆者によると「少女人形の文化」という概念が明確化されたのは、明治時代の小学校教育において「男の子はおもちゃ、女の子は人形」という性別教育が徹底して行われたからだそうです。
つまり尋常小学校が全国に設立され、それが明治中頃になってようやく浸透し、それとともに「少女と人形」の蜜月も始まったと。

日本で最初の教科書はアメリカの教科書から影響を受けており、女児と男児は徹底して差別化するような教育がなされたようです。
「女児は人形を持てり、男児は人形を持たずして鞭を持てり」「少年は勇ましくあるべし、少女は物事をやわらかく執り行うべし」などなど。

そんなこんなで…少女と人形を有無を言わさずに強く結びつけるような教育が、日本の小学読本に連綿と継承されていったようです。

人形を通じて少女は、人形を自分の赤ん坊に見立てたり、お客さんに見立てたり、なんやかんやと「良妻賢母」のまねごとをするようになります。
人形の洗濯や人形の服作りのための裁縫なども自然とやるようになり、まさに幼いころから「良妻賢母」になるよう教えられるというわけです。

「人形は、良妻賢母教育と大いに関係がある。<中略>他方、見方をかえて国家の観点から言えば、人形は、文明開化、富国強兵、ナショナリズムの高揚などの国家のイデオロギーを推進する上で、良妻賢母教育の道具としてたくみに使われてきた。」(P48)

こうして考えてみると、やはりアメリカの影響による価値観や、文明開化・富国強兵のナショナリズムというものが庶民の生活の中にさりげなく、そして確実に入り込んでいた様子がわかりますね。
私は最近「明治維新前の日本の庶民生活や精神性ってどんな感じだったんだろう?」ということをふと考えることがあります。

日本のあらゆる歴史が語られるとき、だいたい江戸時代まではザックリしており、庶民がどのような精神性でどんな生活をしていたのかよくわかりませんよね。
だいたいよくて幕末、そして明治以降から語られることが多いです。
でもこの「明治維新」というのは、本来の日本が欧米の文化や精神性により破壊された出来事でもあります。
明治以前の日本は暗く、庶民は抑圧されており、女性なんて肩身が狭く差別されていて、非常に非民主主義的な世界だった…というイメージがありますが、果たしてそうなのか…?

『逝きし世の面影』という、西洋化する前の日本の庶民の暮らしについて研究されている本を読んだことがあるのですが、西洋化する前の日本は結構イキイキしていたのではなかろうか、という印象を受けました。
特に庶民の生活は、武家や公家といった縦割りの窮屈な世界とはちょっと違う、どことなく東南アジア的なおおらかさを感じるような雰囲気でした。
ただ、この『逝きし世の面影』はいわゆるキレイゴトばかりというか、良いことばっかり書いていて、生活の中の「闇」に触れていないので、批判も多い本です。

でもまぁ、私の体感としては(?)、西洋化する前の日本…とりわけ庶民は、現代日本人がイメージするよりもはるかにイキイキとしていたのではないのかな…なんて思います。

『禁断の百年王国』に話を戻しますが、姉さま人形・花嫁人形などについて触れられている章で、個人的に気になる記述がありました。
↓それがこちらです。

「昔は、舅姑が存命である間、嫁は実家で働き、むしろ夫が嫁の家へ通ったものである。子供が生まれても、なお実家におり、舅姑が亡くなってはじめて、婿の家に主婦として入った。なお嫁という言葉が若き妻のことを意味するようになったのは、後世のことであり、新婦のことをむしろ地方によっては姉さま(アネサマ)と言っていたという。」(P69)

やっぱり!昔は「通い婚」がスタンダードだったんですね。
私は「通い婚」のシステムの方が「嫁取り婚」より良いんじゃないのかと勝手にイメージしているので、この記述には非常に興味を持ちました。

そんなこんなでこの『禁断の百年王国』は、時代の移り変わりによる少女と人形との関係について考察しながら、やがてバービー人形・リカちゃん人形について話は進んでいきます。

「バービー人形・リカちゃん人形の文化にはそこまで興味ないな~」と思いながらパラパラと読み進んでいたのですが、バービー人形・リカちゃん人形の家族構成やボーイフレンドの存在感などについて分析されており、非常に面白かったです。

●バービー⇒妹・双子の妹弟・末妹がおり、父母は登場しない。ボーイフレンドのケンがいる。
●リカちゃん⇒ママ・姉・双子の姉妹・三つ子の赤ちゃんがいる。ボーイフレンドはいるけど存在感はなく、父はリカちゃん誕生から23年経った平成元年になってやっと登場した。

↑これ、本当に面白いと思いますよ。(ちなみに、これは本が出版された1995年のデータなので、今現在の彼女たちを取り巻く環境がどうなっているのかはわかりません)

やはり欧米では、親から早々に精神的に独立し、「男女」というペアで生活することが非常に重要視されているようです。これがいわゆる「カップル文化」というものなのかなと感じます。
日本では、社畜奴隷と化した父の存在は実生活において非常に薄く、母子の結束が強まり、それが人形世界にも強く反映されているのだと思います。筆者もそう指摘しています。
そして、双子の性別に関しても、バービーは「二卵性双生児の男女のペア」であるのに対し、リカちゃんは「一卵性双生児の女のペア」です。

「この違いは、日米の文化や家族感情とも微妙にリンクしている。アメリカの場合、ふたごまでが男女のペアとして設定されている。これに対して日本のふたごはふたり共、女児だ。」(P159)

これも本当に面白いなぁと思いますね。

その後本の内容はドールハウス・シルバニアファミリー・ジェニーちゃん・ファッションドール…などなど、色々な方向へアプローチし、「“かわいい”に替わる新しい価値観は誕生するのか」という考察とともに終わります。

この本が書かれたのが1995年ですから、それから23年……時は流れ……
21世紀となった今、自らが人形と同化する女性も誕生したりしておりますが…。

整形サイボーグヴァニラたん.jpg
整形サイボーグ・ヴァニラのブログより。

まぁ、コスプレや自撮りやアプリで加工した自分の顔を投稿…といった行動も、人形的少女文化の延長と言えるのかもしれません。よくわからないけれど。

「かわいいに替わる新しい価値観」なんてものは現在登場しておらず、かわいいからKawaiiに進化し、増殖し、わけのわからないアイデンティティーと化しているように思う今日この頃です。
だって最近のリカちゃんのサイト見てみたけど、なんかすごいもん。進化が。

最近のリカちゃん.jpg
http://licca.takaratomy.co.jp/official/ ←これは大人女子向け?のサイトらしい。

リカちゃんの現在.jpg
http://licca.takaratomy.co.jp/library/comic/manga_201711.html ←こっちが女児向けのサイトのようだ。

だいたい、大人女子向けと女児向けでページが分かれてるのもすごいし…なんか本当に色々な時代の変化を感じますね。
ネットやSNS普及によるものなのかもしれないけれど、リカちゃんはもはや、我々の知っているリカちゃんじゃないというか…進化してますよ。本当に。

↓ちなみに、最後の方で筆者はこう指摘していました。

昔は、17歳にもなって、依然かわいらしさから脱皮できないと、幼稚扱いされたものだ。
<中略>
だが最近、とくに10年くらい前から、事態はさま変りしている。中高校生がかわいらしさを卒業しないことは容認できるにしても、女子大生やOL、さらには若い主婦までがかわいらしさから脱却しようとしないのは、これまでになかった現象である。
たとえば最近の女性雑誌をみてみれば、事情は一目瞭然である。『JJ』は、「カワイイモード服」大特集(1994年12月号)を、『Oggi』は、「かわいい大人服」大研究(1994年12月号)を、また『マフィン』は、「25歳からの可愛い大人カジュアル」(1995年3月号)を提唱している。
<中略>
25歳からの大人が可愛いカジュアルやかわいい大人服を求める国がほかにあるのだろうか。少なくとも欧米諸国では、ありえないだろう。(P234~235)


…だそうです。。これは1995年に出版された本ですから…あれから23年…最近では25歳どころか三十路でも「かわいい女の子であること」を大特集するような事態になっており…色々おかしくなってますね。。
もちろん、すべての女がそうであるわけでは無いですが…。
男も女もなんだか本当に日本人は幼稚になりましたよ。

余談ですが…私は昔からあまり人形が好きではありません。
幼少期、角度によって目が閉じたり開いたりするキューピーみたいな赤ちゃんの人形を親から買い与えられたことがありましたが、不気味で気持ち悪く、まったく好きになれませんでした。
「ついこの間まで赤ちゃんだった私がなぜ赤ちゃんを持たないといけないんだ」と不思議に思ったのを今でも何となく覚えています。

昭和59年リカちゃんハウス.JPG
その後、リカちゃん人形と↑このハウスを買ってもらったことがありました。
それなりに遊びましたが、最終的にはリカちゃんの髪を切ったりして無残な遊びをしはじめ、早々にリカちゃんから卒業しました。

こうして振り返ってみると、私がなにより好きだったのは「動物のぬいぐるみ」ですね。
子猫のぬいぐるみとキツネのぬいぐるみを非常に大切に扱い、可愛がったのを覚えています。
リカちゃんより、シルバニアファミリーの方が可愛く感じましたし、人間型より動物の方が好きなのかもしれません。

今でもそうです。人形にはあまり惹かれませんが、動物のぬいぐるみやマスコットは好きです。

不思議。

★スポンサードリンク★



2018年02月24日

90年代の女子高生をモチーフに…

ヘンテコオリジナル漫画を描き終えたわけですけれども、その後も色々と妄想は膨らんでおります。

永遠の命と永遠の若さを持ったヴァンパイアの女子2人組が、永遠の時をさまよい時代を駆け抜けてゆくというスタイル…まぁ『ポーの一族』みたいなものですけれど…。

前回の都営下馬アパートの記事にも書きましたが、なぜだか知らないけれど、私は今猛烈に「時代が移り変わりゆく」という感覚に非常に惹かれるんですよね。
昭和初期の乙女たちが、80年代、90年代、2000年代…と生き続けたらどんな感じなんだろうと。

色々と妄想をしているうちにふと思い出したのが、私が高校生の時に思いついた「ぼんやりとした不安ゆえに飛び降り自殺をしようとする女子高生が主人公の漫画」の存在です。
当時も漫画を描くことに興味があり、実際に原稿用紙などを用意して描こうと思ったんですけれど、漫画と言うのは本当に難しくて、まったく話が思い浮かばず結局1ページしか描くことが出来ずに断念したのでした。

でも今ならなんとなく…乙女2人と絡めてストーリーを繋げることは出来そうです。
全然たいした話は作れないだろうし、結局雰囲気だけのヘンテコ物語になりそうだけれど…。

90年代の女子高生イメージイラスト.jpg
90年代を舞台にして…コギャル的な女子高生を登場させて、乙女2人と対話させる…とか。
ミニスカ・ルーズソックス・オーバーサイズのセーターやカーディガン(男物を着ている人も多かった)など時代を感じるものを描いて…。

90年代の女子高生イメージイラスト2.jpg
ヘアスタイルはシャギー!流行りましたね。

うーん。構想はあってもさすがにもう描くの疲れました。
まぁ、暇なときにぽつぽつと…やろうかなぁ。

なんのためにやってるのでしょう…創作的な暇つぶしです。

★★ランキング参加しています★★
よろしければクリックお願いいたします。

にほんブログ村 漫画ブログ オリジナル漫画へ
にほんブログ村

★スポンサードリンク★



posted by イオ at 00:00| Comment(0) | 自作絵(モノクロ) | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

給水塔に惹かれる人間が私だけではなかったという感動

東京ノスタルジック百景.jpg
『東京ノスタルジック百景 失われつつある昭和の風景を探しに』フリート横田/2017年発行

最近、なんとなくこの本を読みました。たまにこういうの読みたくなるんです。
ノスタルジックな光景や廃墟的風景が大好きですのでね。

本の感想としては…なかなかまあまあ良いんじゃないのかな、と思いました。
こういうのが好きな人ならば一冊本棚に置いておいて損はないかと思います。

東京ノスタルジック百景_都営下馬アパート給水塔.JPG
そして、まあとにかく驚いたのが、この本に「都営下馬アパート」が掲載されていたことです。
このアパート…というか団地なのですが、わりと家の近くにあるのでたまに通ります。
なので、私にとって当たり前の光景が、こうして本に載っていることに感動してしまいました。

廃墟好きの私は、昔からこの団地の前を通るたびに「なんか廃墟っぽくていいな~」と思っていました。
2014年の夏に書いた記事にも写真を載せています。

そして私はもっと昔…おそらく15~17年ほど前の2001~2003年頃にも写真を撮っています。
↓それがこちらです。

都営下馬アパートの昔の写真.jpg
ガードレールが錆びついてますね。今は確かきれいになっています。

都営下馬アパートの昔の写真_給水塔.jpg
なぜだかわかりませんが、当時この給水塔に異常に惹かれて何枚も写真を撮りました。
なぜか変な構図で撮っているのでヘタクソです…なぜこんな撮り方をしたんだろう。。

当時はまだフィルムを使っておりました。
つまり、わざわざ現像してまでこの団地と給水塔の写真を撮ったのでした。

我ながら「なんでこんな小汚い団地の写真なんて撮ってるんだろう…なぜ惹かれるんだろう…」と思いながら撮影しておりましたが、今考えると私の審美眼は間違っていなかったわけです。
だって本を出すほどの実力があるライターの人と同じ感性だってことですからね!笑
この本の筆者いわく「いま、団地や給水塔のたたずまいに惹かれる人は増えている」んだそうです。
つまり、私は時代の先端を行っていたのだ!なんてね。

ちなみにこの都営下馬アパート、昔何があったんだろう?と疑問に思い、昔まだ祖母が生きていたときに聞いてみたことがあります。
祖母は「え~と…あそこは確か日本軍のナントカ隊の兵舎だったんだよ」と言っていた。私は「ホントかなぁ」とずっと半信半疑だったけれど、本当だったようです。
この本によると、あそこは陸軍の砲兵連隊の兵舎が並んでいたようで、戦後はそれを利用して戦災者や引揚者が多く入居したんだとか。
戦争関連跡地マニア(?)の間では割と知られている情報のようですね。

あと、この団地の近くには馬魂碑があるんですよ。
調べてみると、どうやら軍に所属していた馬の魂を祀る記念碑みたいなものだそうです。

この本には三軒茶屋の「三角地帯」という路地も掲載されていました。この路地は有名ですね。
この路地もたまに行きます。そしてこれも2005年前後くらいの時期に写真を撮っています。
↓それがこちらです。

三軒茶屋の三角地帯の昔の写真2.jpg

三軒茶屋の三角地帯の昔の写真.jpg

三軒茶屋の三角地帯の昔の写真3.jpg
なんというか…ノスタルジックですよねぇたしかに。
この写真の光景が10数年前のものですから、2018年現在、すでにもうこの光景は少し変わっているので、この私の写真自体が時代を表すひとつのささやかな資料になっているわけです。
そう考えるととても感慨深いです。
この本によると、この三角地帯のルーツは闇市だったそうです。

うまく言えないんですけれど「やがて無くなってゆくであろう光景」というものが今とても愛おしく感じます。
今私が住んでいる家もやがてなくなり、未来の人がふと「ここって昔何があったんだろうね~」なんて呟くのかもしれない…と思うと非常によくわからない旅愁・郷愁…のようなものがこみ上げてくるんですよね。

ヘンテコオリジナル漫画で永遠の命を持つ少女を描いたのも、時代を超えた傍観者が、すべての時代の移り変わりを見続けて記憶し続けたとしたら、何を思うんだろう…?という感覚が自分の中にあったからです。

未来と過去に対するよくわからない俯瞰した感覚とノスタルジアが半端ない今日この頃です。

近所の失われし路地.jpg
たとえば、↑この写真は10年ほど前に撮った近所の路地ですが、リフォームされて綺麗になっちゃったため、もうこの光景は存在しません。
もちろん綺麗になって良いんですけど、昔の光景がどんどん変化してゆくなぁというのをしみじみと思います。

ノスタルジー!

★スポンサードリンク★